うちの娘は大晦日をとても楽しみにしている。年に一度夜更かしの出来る日。家族みんなで紅白を見ながら、みかんとかポテトチップスを食べる。親のほうはもうとっくに紅白を見るつもりもなくなっているし(だからと言って格闘技も見ないが)、娘も別に目当ての歌手がいるわけでもないのだけれど、やっぱり紅白というお祭りは特別だと思っているらしい。眠い目をこすりつつ、それでも懸命に最後まで起きていた。そうやって家族で楽しく年越しを迎え、みんななんとなく華やいだ気分で床に入ったのだった。
初夢と呼ぶのは元旦の夜と、二日の夜との二つの説があるらしい。でも、本当は、年を越したその夜にみる夢が今年最初のものになるはずだと思う。私にとってのその初夢。それは決して気持ちのよいものではなかった。
夢の中で私は夫とどこかのバーで飲んでいた。娘を自宅に置いたまま。ちなみに私はほとんどお酒を飲むことはない。それに、夜はおろか、昼でも、娘一人を置いて夫婦で出かけたこともない。
夢の中の私も、「なんでこんなことをしてるんだろう」と思っていた。なんだか不安で、やっぱり帰ろうと思い、念のため自宅に電話を入れた。・・が、誰も出ない。おかしい。夜はまだそんなに遅くない。娘が起きているはずの時間だ。何かあったんだろうか。心臓がばくばくと音をたてる。
「すぐにでも帰らなくちゃ」あせる気持ちを抑えつつ電話を切る。と、その同じ携帯電話から呼び出し音が響いてきた。娘からだろうか? 慌てて受話器を耳にあてると、男の声が「もしもし」と言った。
この後、もし「娘さんは預かっている」なんていうのが聞こえてきたなら、「ああ、最近、その手の事件が多くて、潜在的に恐怖を感じていたんだろうな」と思っただろう。でも、男の言葉は違った。
「いいか? 忠告しておくからな・・・鍵を持っているとは言っても、鍵を開けるのには時間がかかるんだからな」そして電話が切れた。次の瞬間、娘が一人で家の鍵を開けようとしているランドセルを背負った後姿が頭に浮かび、寝汗をじっとりかいて目が覚めた。
暗い寝床の中で、私はその言葉を反芻していた。あの言葉の意味していたものはなんだろう。小学生が一人で家の鍵を開けている瞬間、子供は無防備になる。今まで深く考えてこなかったのだけれど、確かにとても危険だ。夢の電話はまさに「忠告」してくれたことになる。
なんであんな夢を新年早々みたのかは分からない。それでも、こういう世の中では色々な不安がいつ身近に起こるか分からない。その辺が悲しいところだ。もう一度寝なおした翌朝、家族ででかけた初詣では、「神様、娘をお守りください。そして、私も気をつけます」といつもより念入りにお参りしたのだった。
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