イマドキノコドモ

最近の小学校では生きる力をつけるためというので調べ学習や討論する機会が多い(見直しされるらしいが)。その一環なのかどうかよく分からないが、先日、娘のクラスでもディベートをやったそうだ。テーマは「お金と愛どちらが大切か」。さて、これは子供向けにはいいのか、悪いのか。

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崩壊の足音?

私がオランダで生活していた頃、在蘭歴の長い女性が言った。「子育てを考えると、日本に帰りたくないなあ」と。彼女は二人の娘をオランダで出産し、育てていた。子供たちの学齢期はともかく、それまではオランダで子育てしたいと言うのだ。

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最近考えていたこと(4)

山間の小さな町から、ちょっとだけ大きな街に引っ越した私は、いちいちいろんなことでその違いに驚いていた。一番の違いは、クラスの中に流れている空気だった。

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最近考えていたこと(3)

死を考えるほどの苦悩がいじめにあるとして、そのいじめについて話をするときに、色々な意見を目にする。曰く「いじめなど昔からあったし、大人社会にもある。大切なのはそれに打ち勝つ強い力だ」、曰く「いじめは昔からあったが、今ほど陰湿じゃなかった」。私はどちらも本当には正しくないと思う。

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最近考えていたこと(2)

本当は自殺の原因になったいじめについて書こうと思っていたのだけど、前回の記事に頂いたコメントにお返事をしているうちに、書き留めておきたいことを思い出した。それは、私が高校一年生の3月、朝の出来事だった。

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最近考えていたこと(1)

なんだかこのところ雑事に追われて、mixiにぽつぽつと愚痴をこぼしている以外はブログから遠ざかった状態になっている。多分、それは、書いておきたいことがあるというのに簡単にはまとまらなくて、なんだか前に進めなくなっているからもあるのかなあと思う。で、最近考えていたことをちょっと文章にしてみることにした。

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限界

もうあまりに何度も報道されていて、どの子がどういう経緯だったのか全く分からなくなっている。また幼児の虐待死のニュースがテレビから流れている。相変わらず児童相談所が通り一遍の対応だけで、子供の状態を直接確認するなど「やっていれば防げたはず」のことが行われていなかった。

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教育の色々

ぼやぼやしている間に夏が終わりかけている。彼岸を過ぎればもう秋。おかげで娘は毎日運動会の練習でつらそうだ。

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やっかいなこと

前回の記事に書いた友人とは、会えばやっぱり中学時代の思い出話になる。同じ出来事も私と彼女の記憶では多少違っていたりし、その違いはどこから起こるんだろうと考えるのもまた楽しかった。さらに、私の娘はその頃の私たちの年齢に近くなってきている。当然、私たち田舎のくらしと、現在の都会での暮らしとを比べることになるのだった。

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先日、知人から怖い話を聞いた。彼は言った。「いやー、もう街もふらふらと歩いていられない時代だよ。服装もある程度きちんとしていないと」私が理由を尋ねると、彼は真面目な顔をして言うのだ。「誘拐だよ、誘拐」

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ゆとり

悪評高い「ゆとり教育」は見直されることになりつつあるようだ。確かに娘の学校の教科書を覗き込むと、私たちの頃よりも絵が多くカラフルになった代わりに、なんだか薄っぺらになったような気がする。でも、「こんなことで大丈夫かしら。不安だわ」と他のお母さんから言われると、ちょっと違和感も感じる

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都会の片隅で

新婚の頃、夫の仕事の関係で都心の賃貸マンションに住んでいた。繁華街からほど近く、仕事帰りに疲れきって自宅のそばまでたどり着くと、立ち飲み屋から出てきたサラリーマンたちに「おねーさんも一緒に飲もう!」と声をかけられたりした。逃げるようにしてマンションにたどり着いても、降りてきたエレベーターから出てくるのは妙な色のスーツを着た男性だったりし、それが夕方なら何故だか派手な洋服を着た数人の女性を連れていたりするのだった。

その男性以外にどんな人がそのマンションに住んでいたのかは皆目見当が付かなかった。1階から4階までは会社になっていたから、夜にはしんと静まり返ってしまう。かといって、昼間、洗濯物を干したり、子供と散歩に出かけるといった、真っ当な生活の匂いは皆無だった。ビル風のせいで布団が干せなかったり、排気ガスで洗濯物が真っ黒になってしまうことを考えればそれも仕方なかったかもしれないが、隣に住んでいる人も分からないというのはやはり気楽と言うよりは少し不安だった。

そんなある日、朝、6時半ぐらいだった。夫と食事をしていたら玄関のベルが鳴った。こんな朝早く訪ねてくる人などいるはずもない。おかしい。いや、怖い。それに、私も夫もまだパジャマのままだ。私たちは顔を見合わせ、無視しようということになって食事を続けた。が、次のベルがまた鳴った。そして、それは何度も何度も繰り返された。

どうしようか。出なければいつまでも鳴らされそうだ。夫がそっとスコープで外をうかがってみたが、相手が塞いでるのかよく見えないと言う。警察に連絡しようか、どうしよう。迷いつつ、とうとう夫が「どなたですか?」と尋ねた。すると、聞こえてきたのは女性の声だった。「すみません。隣に住んでいます。どうしたらいいかわからないんです」

少しだけほっとした私たちがドアチェーンをした上でドアを開けると、女性が切羽詰った様子で話し始めた。彼女の言葉は中国語なまりだった。小学生の娘と住んでいるのだが、そのお嬢さんが喘息の発作を起こしたという。救急車の電話番号も分からない。教えてあげると、「それに乗るとお金はいくらかかりますか?」と聞かれる。無料だと告げると、ようやく女性はほっとした表情で礼を言い、隣の部屋へ戻っていった。

それ一度きりだった。二年間隣に住んでいても、顔を合わせたのはこのときだけだった。いや、娘さんとはこの後一度会っている。ある日家に帰ると、マンションの廊下で座り込み、ランドセルの中のものを廊下じゅうにばら撒いていた。私はその様子に圧倒され、ただ「こんにちは」とだけ声をかけると自分の部屋に入った。でも、子供を持った今なら分かる。あの子は部屋の鍵をなくしたのだ。それで、必死になってランドセルの中を探していたに違いない。なのに、頼る人もなくて。あの後、あの子はどうしたんだろう。

沢山、沢山人が行きかう都会には色々な人が居る。様々な事情を抱えた人達と、どんな風に関わっていくのかはとても難しいことだ。わたしたちがあの親子に出来たことはなんだろう。多分、あれ以上、何一つなかったと思う。彼女たちも望んでいなかっただろう。でも、あの廊下で、あの子が返事もせずに私を見上げた、その瞳だけがいやに記憶に残っている。

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お客様はお子様

最近の娘(9歳)、なんだか一生懸命に少女マンガを読んでいる。ついこの間まで「皆同じ顔で区別がつかない」だとか、「ああいう妙に目の大きい絵は好きじゃない」なんて言っていたくせに、何が彼女の心を捉えたんだろう。で、娘が私に読んでもらいたがるのでのぞくと、かつて私が読んでいた頃とお同じようにストーリーは恋のお話ばかりだ。なるほど。娘もお年頃ということなのかもしれない。

主人公が美少女モデルだったり、小学生だったりするところが今風なのだろうけれど、憧れの男の子に誤解されてしまうとか、だけど結局恋が実るあたり、昔と展開は良く似ている。要するに、恋する女の子というのは変わらないということなんだろう。

なんてことを思いながら微笑ましい気持ちで眺めていたのだが、この少女マンガ雑誌に付録でついていた小冊子を手にして、ちょっとびっくりしてしまった。それは、メイク、つまりお化粧品の広告だったのだ。

今どき、何を言っているの? と仰る方もいるかもしれない。最近では小学生まで化粧するのだとテレビで特集されているのを見たことがあるし、デパートの一角にそういうコーナーがあるのに気づいてはいた。でも、「一部の子のものだろう」と思っていて、まさか、こんなにおおっぴらなものだとは考えていなかった。

冊子の中のモデルの女の子たちは小学校の高学年からせいぜい中学生ぐらい。バッチリメイクの写真の下には、私たちのファッション誌と同様に「使用したメイク用品」の解説が載っている。「まぶた全体に淡いピンクをぬったら、真ん中に指で濃いピンクをのせてね」「唇はまず薬用エッセンスでキメを整えた後、キラキラスパークの効いたグロスを塗ればセレブな輝き!」等々・・。冊子の一番後ろには通販で買うこともできる、とある。「おうちの人に見てもらって、どんどん申し込んじゃおっ!」ということなのだそうだ。

化粧品の製造販売は某おもちゃメーカーだ。おそらく、小さな女の子が大好きな「お化粧セット」が発展したものなのだろう。おもちゃにしては結構なお値段だから、小さい子供向けのおもちゃなんかよりも効率のいい商売が出来るのかもしれない。

ちなみにモデルの女の子たちはかわいい洋服も身に着けている。全て子供向け有名ブランドばかり。そしてそれらは皆、一つの会社が展開しているものだ。

私の子供の頃はつぎのあたったズボンをはいてその辺を走り回っていたけれど、別にそれが嫌だとは思っていなかった。そういうのに疎い私はともかく、おしゃれ好きの妹などはフリフリのスカートをはきたがったりしたが、「子供は動きやすいのが一番!」と母がゆずらなかったし、多分、売ってもいなかったのだろうと思う。

今、親が色々言ってみたところできらきらしたきれいなものは巷にあふれて目の前にある。子供が欲しいと思うのも当然で、そうやってきらびやかに自身を飾りながら、一方で犯罪に怯えて暮らさなくちゃいけない現実。何が幸せなのかなあと思ったりもする。それでも、今日食べるものの心配をしたり、砲弾に怯えたりする子供達の存在を忘れることは出来ない。「結局、恵まれているってことよね」と、モデルの女の子の笑顔を見ながら、考え込んでしまうのである。

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貸すということ(本題)・その後

先日の私の誕生日。特に大きな事件もなくゆったりと過ぎて、娘からは画用紙いっぱいに描かれたバースデーカードをもらい、夫からは帰るコールで「ケーキでも買っていこうか」と言ってもらえた(実際には太りたくないので辞退したけど・・)。私にとってはそんな良い日だったのだが、同じ誕生日である母は冴えない一日だったらしい。母がでかけたのは弁護士事務所だった。祖母のことで相談に行ったのだ。

ここにも何度か書いているのだが、祖母は田舎で祖父と二人で暮らしており、二人とも元気ではあるものの判断力はなくなっていて、そのせいで様々なトラブルをかかえている。先日もシロアリ駆除の業者にだまされかけ、近所に住む親戚の男性に行ってもらってようやく撃退できた。見積もりには悪評高い換気扇を数台設置することが書かれており、家の建坪も大幅に割りまして計算されていた。

まあ、でも、それでも換気扇や駆除剤という現物が残るだけましかもしれない。それ以上に厄介なのは、以前、「貸すということ(本題)」で詳しく書いた貸したお金のことである。

あの記事を書いてから、実は色々なことが分かった。なかなか祖母は本当のことを言おうとしなかったのだが、さすがに祖母自身困ったと思ったのだろう。色々なものを金庫から出してきた。追加で貸した(それ自体私には信じられない・・)借用書(実際はメモ程度)が数枚。それだけでもかなりの額になっていた。祖母は田舎に住んでいるから人にお願いしないと銀行にもいけない。銀行にいけても、出入金の手続きができない。借りている人物は自分の車で祖母を銀行まで連れて行き、その場で手続きを代行し、カウンターで渡されたお金をそのまま自分のポケットへ入れるという悪質さであった。そして返済はほとんどない。祖母は何度も電話したようだ。それでものらりくらりとかわされる。そういうことが続くうち、ようやく「これは返す気がないのかな」と気付いたらしい。

祖母の許しが出て、母は解決に乗り出した。まずは内容証明で返済を要求。無視されると裁判所へ出向いて調停を申し出た。が、相手は現れない。別につきつけられた証拠に異議を唱えるわけでもない。「今日は仕事があって」とか、「体調がすぐれなくて」とか、そのたび違う理由をつけては当日裁判所に電話してくるのである。当初は調停までといっていた母が怒り出した。あまりにも誠意がないというのだ。

次は弁護士さんに相談することにした。が、翌日母はがっかりした様子で電話をかけてきた。「裁判するにしても、相手から返済されるようには思えない。お金もかかるから、お勧めできない」と言われたのだという。もう打つ手がないと知り、母は落胆していた。

結局泣き寝入りしかないのだろうか。それでも、お金が戻ってくるかどうかはともかく、年寄りからお金を巻き上げ、なんのお咎めもないというのがやはりどうも納得がいかない。全額は無理なのだとしても、一月に1000円でも2000円でもいいから返済しているのなら、こちらの心持も違うのだが。

母が祖母に弁護士さんの見解を伝えると、こう言ったそうだ。「仕方がないねえ。人にお金なんて貸すもんじゃないんだねえ」その言葉を聞いて、私と母は脱力するばかりだった。

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罪悪感

母が電話で「ちょっとした事件があったのよ」と言った。マンションの自転車置き場に置いてあった自転車がなくなったという。自転車はいわゆるママチャリで皆が欲しがるような代物ではないが、父と母が共有して愛用していた。ないとなれば困る。

原因は父の鍵のかけ忘れだ。自転車置き場で呆然となった父は、多分、母に怒られると思ったのだろう。なんとかしなければと考えを巡らせた。こういうときの父の動物的勘はするどい。閃いた父は、そのまま歩いて数分の大手スーパーマーケットに向かった。

果たして、両親の自転車はそこの自転車置き場にあった。名前が書いてあるから明らかだ。ただ、自転車にはご丁寧に鍵がかけてある。そこで父は、鍵を持っていった人物をその場で待つことにした。

それから一時間。現れたのは男子高校生三人組だった。さすがに父もためらったらしい。それでも父の顔は昔、「ジャンボ鶴田に似ている」と言われていた。私が子供の頃にはヤ関係の人に見えるというので、運転するときにサングラスをかけるのをやめて欲しいとずいぶん頼んだものだ。年は取ったがジャンボ「小」鶴田ぐらいではいけるかもしれない。父がそう思ったかどうか分らないが、高校生たちが自転車の鍵をあけたのを見計らって自転車に近づくと、「ああ、これは俺の自転車だから」と言って乗ってきてしまった。

見た目は怖そうでも、父も内心はどきどきだったらしい。夜、物音がすると、父は母に「おまえ、見て来い」と言う人なのだ。怖くないはずがない。近頃の若者なんて、かっとすればすぐにでも刃物を出してきそうだ。何より、父がそうやって自転車にまたがる間、「やべえ」と逃げるでもなく、三人ともじっと父をにらみつけていたそうだ。

でも、本当に怖いなと思ったのは、その後の話だった。逃げるようにマンションに戻った父は、たまたま自転車置き場で居合わせた人にことの顛末を話した。すると、その男性は確かに数時間前、彼らが自転車置き場で、何かを物色するようにうろつくのを見たという。そして、言うことには、「でもね、その中の一人、このマンションに住んでいますよ」

自分の住むマンションで自転車を盗み、ご近所のスーパーに出かけていって、鍵までかける。それを指摘されてもあせる様子もない。そこに罪悪感のかけらもないことに、うすら寒い思いがしてしまう。

私たちが子供の頃だって悪い人はいた。もっともっと前、日本の皆が貧しかった頃なら、生きていくために盗みを働く人も少なくなかったろう。それでも、今は、悪いことをすることへの垣根がずっと低くなっているような気がしてしかたない。

父がマンションの管理人さんに説明すると、注意を呼びかけるチラシを貼ることしたらしい。そして、父は「ちゃんと鍵をかけないから、こんなことになるんでしょ! これから気をつけてくださいね!」と母に小言を言われ続け、ご近所の治安悪化をなげいているのである。

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訪問者

私は普段の日中仕事その他で家を空けていることが多いのだが、子どもが夏休みに入るとそうもいかず、結構家で過ごす時間が増える。と、今更ながら気付くのは、訪問者が案外多いことだ。

「**の試供品を配らせて頂いています」

「**新聞、ちょっとでいいからとってくれないかなあ」

「駅前に開店しました**です」

「ストレスの多い現代社会、何か心の支えになさっていることはありますか?」

等々。次から次へとやってくる。

巷で噂の「リフォーム」とか「シロアリ」とかはまだ見ていないが、それでも怪しいことは他にもまだまだありそうだ思える出来事があった。その日、我が家のチャイムを押したのは、お隣の駅近くにあるレストランの営業の女性だった。

「このレストラン、ご存知ですか?」とにこやかにレストランのチラシを見せてくる。が、そのパンフレットは固い透明ケースに入っている。「えっ? こんなの頂いちゃっていいんですか?」と聞くと「あ、すみません、これはさしあげられないんです」と答える。この辺で私の警戒感は跳ね上がった。

チラシの次にはチケットを見せてくる。「これ、**円でお売りしているんですけど、お店に持っていけばこの倍の値段のお食事をして頂けます。ここの裏のお宅なんて、二枚も買われてます」そうして言うことには、「もう*枚しか残ってませんよ。買っちゃって下さい!」。

私は天の邪鬼なので、「お得です」と言われると「絶対買うもんか」と思ってしまう。もちろん、さっさと断らせてもらった。

それにしても、後で思い出せば思い出すほど不可解だ。宣伝と称しながらチラシの一つも置いていかない。そのチケットだって、お店に持っていって本当に使えるかどうかなんて分からない。「こんなもの、当店には関係ありません」と言われてしまったらおしまいなのだ。

これが詐欺だと断定するのは早計かもしれないけれど、少なくてもこういう商売が成り立つのだとしたら、怖い話だと思う。本当に油断も隙もない。

ところで、これとは別の日、我が家の近くの路上で数人が固まって話をしているのを見かけた。そして、号令をかけたかのように散っていく。これは怪しい。そのうちの一人がじっと見ている私を素通りし、例のおじいさんの家へと向かった。私はいざとなったら話に入っていくつもりで、家の前を掃くふりをしながら会話に耳をそばだてた。

女性は宗教の勧誘員だった。現代社会を嘆きながら自分の話に引き込もうとする。と、唐突におじいさんが言った。「あんたは偉いねえ」女性はぎょっとしている。「この暑いのに、あんたは本当に偉いねえ。立派だ」女性はバツが悪そうな顔になる。なおも畳みかけるおじいさんに、とうとう女性は後ずさりをはじめ、最後は逃げるように立ち去ってしまった。

あんな撃退法もあるんだ・・・。まだ掃き続けている私と目があったおじいさんは、「こんにちはっ」と私に元気よく挨拶をしてくれた。

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私はだあれ?

先日、化粧品を買おうとしたら会員カードの提示を求められた。このところ、スーパーだろうが、ファミレスだろうが、お弁当やだろうが、もうあらゆる場所で会員カードやらポイントカードを作らされる。そりゃあ業者にとっては大切なお客様情報が入るし、客の側もちょっとしたお得気分を味わえるのだから、こんな便利なシステムはないだろう。が、それだけの数のカードを常に持ち歩けるわけはないのである。で、その日ふらっと化粧品コーナーに立ち寄った私は、会員カードなど持っていなかった。そう告げると店員はこう言った。「それではご本人確認をさせて頂きます。お名前、ご住所、電話番号、生年月日をお知らせ下さい」

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女性専用車両乗車ルポ

勤めていた頃、殺人的な混み具合の電車に乗って通勤しなければいけなかった時期があった。何しろ、はずみで片足をあげてしまったら、その足を下ろす場所がないくらいだったのだ。その話を友人にしたら、「私なんて気付いたら両足とも宙に浮いたことがあるよ」と自慢されてしまった。人間の動物としての本能では、自分の周囲1メートル以内に赤の他人は入って欲しくないものらしい。だとすると、通勤ラッシュの車内というのは拷問に近い。ましてやよからぬ輩がそばにいたら・・・。その女性の敵を防ぐためというので、5月9日から首都圏の大手私鉄と都営地下鉄で通勤時間帯に女性専用車両が導入された。

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負け犬って誰?

今年届いた年賀状の中に「昨年は負け犬ブームで一躍時の人となった・・」と書かれた一枚があった。この「負け犬」はもちろん酒井順子氏の「負け犬の遠吠え」からきている。「未婚、子無し、30歳以上」の女性が「負け犬」なんだそうだ。「犬はないでしょ。犬は!」当の犬が聞いたら怒りそうだが、そんな風に思うと本を手にする気にはなれず、最近まで読む機会が無かった。が、本屋でタイトルを見かけたとき、その友人からの年賀状を思い出してその場でぱらぱらとめくってみたのだった。

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成人式

昨日、街に出かけたら、晴れ着姿の女の子を沢山見かけた。以前はそれを「女の人」だと思っていたのだが、このところ「女の子」としか思えない。それだけ、自分との年の差がどんどん広がっているのだろう。年の差だけは広がりつつ、精神年齢はいつまでも成長がないような気がしないでもないが、「荒れた成人式」などというニュースが流れてくると「まったく近頃の若い者は」と思ってしまう辺り、やっぱり私はおばさんなのかもしれない。

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お札

このお正月、あちらこちらで偽札が使われたとテレビのニュースで言っている。こうも同時多発的に起きたことを考えると何か大きな組織が関わっての事件じゃないかと思ってみていたのだが、案外早く逮捕者が出て、しかも自宅のパソコンで制作していたと聞くとなんだか狐につままれたような気になる。特に、透かしも入っていないような粗雑なものが民間銀行のチェック体制をすり抜け、日銀本店にたどり着いていたというのはどういうことなんだろう。銀行というのはお金のプロだと思っていたのだが。

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お正月の楽しみ

元旦から毎日、娘は郵便受けから年賀状を持ってくると一生懸命になって仕分けをしている。その姿に自分の子供の頃を重ねる。山ほど送られてくる父への年賀状の合間にぽつぽつと届く母宛のもの。そして数えるほどの私へのもの。そんなほんの少しの年賀状でも自分の名前の後に「様」がついているととてもうれしくて、何度も何度も眺めた。あれから幾度もお正月はやってきて年賀状の数は増え、そして少し減り、年賀状だけが年に一度の互いの挨拶という人も少なくなくなった。それでも、そういう機会がわずかでも残っているのを有り難いとも思う。

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災い

私が小学生の頃住んだ町の一つはかなり山の奥にあって、当時大きな町から車で二時間ほどもかかった。今では道も舗装されて綺麗になり、半分の時間でたどり着けるようになったそうだ。その町からはさらに30分ほども車を走らせると海沿いを走る国道へ出る。北の地特有の重苦しく湿った磯の香りがぷんと漂う。でも、このあたりの国道からは海が見えない。灰色のコンクリートが視界を遮っているのである。でーんとそびえているそのコンクリートは、津波を防ぐための防波堤だ。

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日本の未来

日本の子供達の学力が落ちてきている。そんな調査の結果が出て、日本国内は大騒ぎだ。「やはり、ゆとり教育が間違っていたのではないか」と、軌道修正の可能性もあるらしい。が、私はこれらの報道に首を傾げている。ゆとり教育が悪者にされていることに、ではなない。日本という国が、授業時間を減らしてお役人が言うところの「生きる力」をつけさせ、それでいて学力そのものは現状維持できると信じていたらしいことが驚きなのである。

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群がる人々

以前に「私のおばあちゃん」でも書いたが、私の祖父母は80歳を超えて健在で、田舎の町に二人だけで住んでいる。実の娘である私の母は一人っ子なので、月に一度出向いていっては掃除や身の回りのことをあれこれと手伝う。が、お年寄りというのはどうしても頑固になるのでことあるごとに親子で対立し、東京に戻ってきた母がそのことを愚痴りに私に電話をかけてくる。今回も帰って来るなり我が家の電話のベルが鳴った。

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地獄には墜ちたくないけれど

「地獄に墜ちるわよ」とずばっと言い切る占い師さんが受けていて、その人の出演しているテレビ番組が高視聴率をとっているらしい。この人の占いの本自体はもう随分前から本屋さんのレジのそばに置いてあったような気がする。毎年年末になると売り出されるので、「これを買わないと年が越せない」と思っている人が結構いるのかなあとながめていた。何をきっかけにこんなにテレビに出るようになったのか知らないが、私は「あなたはこう!」と決めつけられるのが最も苦手なことの一つなので、いくつかある番組のどれも見ていない。

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学校の予算

11月ももう下旬になってしまった。このところ朝晩の気温は東京でも下がる。私は冷え性なのであんまり寒いと床暖房を入れたりする。でも、これくらいで暖房をいれたりしたらバチがあたりそうな気になって落ち着かず、少し暖まっては消す・・というのを繰り返してしまう。そして、こんな時、あの街のあの学校では、今どうなんだろうと思う。

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勤勉という考え方

このところ夫の帰りはいつもにも増して遅い。やらねばならぬ仕事がどんどん増え、家に帰ってからもその続きをしていたりする。自分が誇りを持って出来る仕事に恵まれた夫をうらやましいとは思うけれど、それも程度問題だ。健康であってこそ仕事だってうまくいくのだ。夫自身もそれは分かっているのに、なかなか状況が改善しない。

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お金で済むなら

このブログには純水さん経由でいらっしゃるかたが結構居るようだ。もう3ヶ月も前になるのだが、純水さんはオレオレ詐欺の経験談をエントリーされていらっしゃる。その際のコメント、トラックバックを辿って、私のブログにまで来るのだろう。今でもコンスタントに訪問者がいらっしゃるということは、それだけオレオレ詐欺がはびこっているからなのだと思う。

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あえて野菜を買う

私も一応主婦のはしくれなので、スーパーに出かけて買い物をする。よりよいものをなるべく安く買うべく、家族の好みと栄養バランス、それに自分が作りこなせる料理を思い浮かべ、時にはあれとそれをこうして料理してみようかと考えながら食品をかごに入れていく。
が、このところ、野菜コーナーの前でぎょっとしてしまう。こ、この野菜達は野菜の姿をした贈答用高級フルーツなんだろうか。値札の数字にあぜんとする。

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自分の身は自分で守る

父は以前、刀を持っていたらしい。別に刃物の収集家だったわけでない。父が幼い頃に戦病死した祖父の形見だったのだそうだ。有名な鍛冶職人による名刀だったらしいのだが、私が子供の頃に人に譲ってしまった。その頃我が家はある大学のそばに住んでいて、まだ学生運動の騒ぎが収まりきっていなかったために、この刀が持ち出されては大変とばかり警察の監視が強く、嫌になったのだという。
日本には銃刀法がある。最近はそれも何やらあやしい状況になっているが、規定の刃物や銃は、基本的に禁止されている。そのおかげで、一応安心して生活していいことになっている。

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ひとこと

今夜、夫がいないのをいいことにネットを徘徊していたら、27日の母子救出劇をテレビ各社が特番で報道していたことを知った。「今頃何言ってるの?」と言われそうだが、驚いたのも事実。私も「助かってよかった」としみじみ思ったし、これに勇気づけられた人がいるのならそれも意味あるのかもしれないが、特番の必要はあったのかということと、その後も報道が続いているのが気にかかっている。
今から20年近く前に起きた日航ジャンボ機墜落事故の時、奇跡的に助かった少女がいた。押し寄せる報道陣に対して、「もう、構わないで!」と泣きじゃくりながら家の奥へと駆けていった後ろ姿に、今回の男の子が重なる。

報道とはなんなのか、考えて欲しいと思う。

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降る雪に涙

10月も終わりになってそろそろかと思っていたが、もう雪の便りが聞こえ始めてきた。どうも今夜は北海道で雪になるらしい。暖かい地域の人たちにとっては「わーい、雪だあ」という初雪も、雪に閉じこめられてしまう側にしてみれば、「あーあ、来ちゃったよ」と、ため息をつく存在だと思う。雪深い所に住んでいた頃の私がそうだった。
中越地方の画像でタテに並んだ信号機が写った。あれは雪国ならではのもの。雪の重みに耐えられるようにああなっているのだ。そう、あの地域が雪で覆われるまでに、もうあまり時間がない。

今日、わずかばかりではあるけれど、郵便局から義援金を贈らせて頂いた(地震に隠れてしまった台風の被災地にも。これもまた心が痛む)。が、@niftyでもIDがあれば簡単に義捐金を寄付できるようになっていた。壁紙を購入する形で寄付できるという。微力ながらお手伝いさせて頂きたいので、サイドバーにリンクを貼らせて頂くことにした。少しでも被災した方々の支えになりますように。

もし、これに賛同して頂ける方、どうぞよろしくお願いいたします。

「新潟県中越地震」被災者支援チャリティーコンテンツ

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自分に出来ること

昨夜、東京でもぐらりとゆれた。最初にかたかたと小さなゆれがあり、様子をうかがっていると大きな揺れになった。小さなゆれと大きなゆれとの間にかなり時間があったので震源地は遠そうだなと思ったが、揺れがさらに大きくなっていったので娘にはCD棚の前を離れてテーブルの下にもぐるように言った。結構長いこと揺れてようやく収まったが、揺れからすると震度3から4。それなのに震源地が遠いとなると・・。私はすぐにテレビの画像をニュースに切り替えた。アナウンサーが緊張した面持ちで新潟中越地方で震度6強の地震だと伝えていた。

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少子化問題の根っこ

以前に「子連れは迷惑か」という記事を書いた。社会に他の立場に立って相手を思いやるゆとりがなければ、子育てなど出来ないという内容だ。この時トラックバックさせて頂いたこにさんが「子供産んだってメリットないもん」の中で再度子供を産むデメリットについて語っている。社会全体が意識を変えない限り問題の解決は難しいという意見は、私も大いに賛成である。日本の現状を考えたとき、日本は本当に国全体として少子化を問題と考えているのかと疑いたくなるのだ。

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女性専用

今日用があって**線の電車に乗ろうとした。ホームで電車が停まるのを待っていたら、目の前をステッカーの貼ってある車両が通り過ぎた。「女性専用車両」と読める。「おおっ、これが前にニュースになっていた、あの! 乗ってみなくては!」大急ぎでホームを走り、目的の車両に乗り込んだ。が、拍子抜け。女性専用になるのは深夜だけなのだそうだ。残念。体験してみたかったのに。

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日常と非日常の境目

先日、ある場で何やら紙が回覧されているのを見かけた。「あれは、何でしょう?」と隣の人に尋ねると「墓地建設反対」の署名を集めているのだという。そういえば、そうでかでかと書かれたのぼりが立っている住宅地をよく見かける。最近は、墓地建設がブームなんだろうか。

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