とにかく混ぜちゃえ
○ートホープの件、次から次へと驚くくらい色々な事実が後から出てくる。ひき肉に豚を混ぜただけならまだ分からないでもないが、鴨とか羊とか、手当たり次第混ぜてしまっている感じだ。ただ、中に「色をよくするために」というので心臓を混ぜていたっていうのがあって、まあ、これは「在り得る話だなあ」と思ってしまった。
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○ートホープの件、次から次へと驚くくらい色々な事実が後から出てくる。ひき肉に豚を混ぜただけならまだ分からないでもないが、鴨とか羊とか、手当たり次第混ぜてしまっている感じだ。ただ、中に「色をよくするために」というので心臓を混ぜていたっていうのがあって、まあ、これは「在り得る話だなあ」と思ってしまった。
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先週は母が祖父母の家に行ってきた。田舎に暮らす私の祖父母はもう二人とも80歳を超えているが、なんとか元気に二人だけで生活している。とはいうものの、もちろん、完璧と言うわけにはいかない。それで、一人娘である私の母はこまめに出かけて行っては身の回りの世話をしてくるのである。
お掃除に始まり、買い物、食事作りから通院まで、母は忙しく立ち働く。でも、もともと頑固者の祖母は母に感謝するわけでもなく、あれこれ口を出すからたまらない。結局、自分の家に戻った母は必ず私のところへ電話をかけてきて、愚痴のオンパレード。それを聞いてあげるのが私の役目になっている。
今回は時期が時期だけに、「来るぞ、来るぞ」と身構えていたら案の定だった。「相変わらずで嫌になるわよ。あれは、もはや、宗教ね」とあきれた口調で言う。時期というのは、巷でも話題になっている選挙のことだ。
刺激の少ない田舎に住む祖母にとって、選挙は数年に一度の大きなお祭りみたなものだ。選挙と聞いただけで血が騒ぐらしい。口から出るのは選挙のことばかりだし、ご飯を作ったり掃除をするのも億劫なのに選挙事務所に駆けつけて激励したりする。あんまり熱心で自分の食事も忘れるほどなので「いい加減にしなさいよ」と言うと、「まったく、都会の人は政治に興味がなくて困るね」と軽蔑した目で見られてしまう。でも、祖母が本当に興味があるのは政策なんかじゃなくて、「勝ったか、負けたか」という一点なんじゃないかと、私はにらんでいる。
それでも国勢選挙はまだいい。どうせ上意下達で、言われた通りに投票するだけのことだ。もっともっと大騒ぎなのが自治体の長や、議会議員選挙だろう。ちっちゃな町になればなるほど一票の重みは大きく、「誰が誰に入れたのか」が大きな意味を持つことになる。
あからさまな選挙違反はないのかもしれない。それでも、私からみれば首を傾げることばかりだ。保険、口座開設、新聞購読・・・。投票をちらつかせて営業が回る。いや、口にさえださないのかもしれない。悪知恵を働かせているのが、為政者ばかりとは限らないわけだ。
「今回は**さんに顔を立てさせてください。次回はこちらに入れますから」「じゃあ、私ら夫婦の2票を。息子夫婦は勘弁してください」部外者の私の耳に入らないようにしているが、どうもそんな会話もささやかれているらしい。そこにあるのは、「義理人情」とか「しがらみ」なんてものばかり。民主主義とは程遠いと思ってしまう。
それでも、日本の選挙は今でも多くの場所で「人とのつながり」頼みなのかもしれない。「ここは人情の厚い土地だからね。落下傘候補なんかに負けないよ」と語る候補者をみながら、そんな風に思うのだった。
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「カワカミさんのお宅ですか?」電話の向こうの女性が言う。うちはカワカミとは似ても似つかない苗字だし、身近な知り合いもいない。「いえ、違いますけど」そう言うと、電話の主は少し黙った。が、一呼吸おくと畳み掛けるように言ったのだ。「あの、9月11日の衆議院選挙で・・」むっとした私は即座に「で・す・か・ら、うちはカワカミではありませんっ」そう言い捨てると、すぐに受話器を置いた。
これが本当に間違い電話だったどうかは分らない。それに、何を目的にかけてきたのかもよくは知らない。でも、おそらくは「○○をよろしくお願いします」だとか、「**党へ一票をお願いします」という話なんだろう。
前々から嫌だなと思ってきた。今はナンバーディスプレイもあるけれど、基本的に電話は出てみるまで誰なのかは分らない。それなのに、人の家庭に突然押しかけるような形でベルを鳴らし、一方的な主張(本人たちはお願いのつもりだろうが)をぶつけてくるのだから、失礼な話だ。街宣カーならともかく、なかでも電話という方法は個人攻撃みたいなものだろう。
今回の件はともかく、たいていの場合投票のお願いの電話は何かの名簿を頼りにかけられる。大抵は仕事つながりだ。もともとの人間関係があるから、そうそうむげにも出来ない。その辺を心得つつ電話をかけているのが気に入らない。第一、勝手に名簿がそんな形で使われるのが納得いかない。
実は、つい先日義弟から連絡があった。「事後承諾で申し訳ありません」と前置きしつつ、「**党から電話がいくと思うので、よろしくお願いします」というのだった。義弟自身は特にどこを支持しているというわけではないから、職場で「ノルマ」のような形で聞き出されたのだと思う。義弟のことを思えば、まあ、それも仕方ないのかなという気になる。
でも、変な話だ。今、何かに名前や住所を書き入れるときは大抵但し書きがあって、「ここで得た情報はこの目的以外に使用しません」などと大仰にうたわれている。時にそれが行き過ぎて、病院に見舞いに訪ねても患者の病室を教えてくれないとか、一人暮らしのお年寄りの名簿を作ろうとしても出来ないとか、色々面倒な事態も起きている。それなのに、本人の同意を得ることもなく関係者の名簿を集めまくって票をとりまとめることは、個人情報保護法にひっかからないのだろうか。法を作る人達がその辺に無頓着なのが不思議だ。
もし、本当に**党から電話がかかってきたら、「そこのところ、どうお考えなんですか?」と聞いてみようか。いや、そうすると、義弟の立場が悪くなるんだろうか。
結局のところ、私は、そんな風に人間関係に寄りかかられているのが、何よりも不快だ。残念ながら、お願いの電話は、逆効果になりそうだ。
追記
上の記事に関して、こんな新聞記事を見つけたので貼っておきます。
個人情報適用外だが・・・名簿・電話に有権者冷たく(読売新聞)
適用外なんですね。でも、私と同じように感じる人は少なくないようで・・。
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ロンドンには3回行ったことがある。いずれもオランダに住んでいた時で、飛行機でたったの一時間ほどだから日本なら国内線みたいなものだ。ただ、あの辺りの感覚で英国はヨーロッパに入っていない。大陸側とでは時差があるし、他の欧州内の移動とは違ってパスポートコントロールが必要になる(2000年時)。それにも増してヒースロー空港というのは警備が厳重なのが印象的で、IRAの問題があるにしても、やはり島国だということが大きく影響しているのかもしれないと思った。そのロンドンで、事件は起きた。
衝撃的な映像が次々とテレビに映し出される。血まみれの人々。原型を留めないバス。ごく普通に生活し、たまたまそこに居合わせただけの人々の幸せを一瞬で奪ってしまうことの理不尽さ。「いかにテロとは卑劣で、野蛮か」ということが、嫌でも伝わってくる。
犯行は例によって「アルカイーダ」の所業らしい。テレビも新聞もそう言っている。ただ、その根拠を聞きながら、私はつい首を傾げてしまった。
・通勤ラッシュの時間を狙っている
・よく混む駅を選んでいる(地元の状況に詳しい)
この二点が今までのアルカイーダのテロと共通すると言う。でも、だとしたら、あの地下鉄サリン事件だって、アルカイーダの仕業になってしまう。
秘密情報機関は何か情報を握っているのかもしれない。そして、それを公には出来ないのかもしれない。それでも、犯人を決めつけようとしているような印象が無くもない。あの9.11事件のときのように。
新聞には、また、欧州に多くのイスラム系移民がおり、そのことがテロ集団の拠点を欧州のあちらこちらに置く結果になっているとも書いてある。確かに、欧州にイスラム教徒は多い。ベールをかぶった女性をよく見かけるし、モスクもある。オランダで休日に大きな公園へ出向けば、独特な香辛料の匂いを漂わせてバーベキューをするイスラム系の家族連れ(いや、親戚連れというほどの集団が多い)が沢山いる。
日本人と同様、彼らはやはり固まって生活する。そうなるとどうしても自分たちのルールを優先させることになる。また、地元の小学校を占拠する形になってしまい、オランダ語での授業が成り立たなくなった例もあったらしい。もともと西欧の人の行動規範は宗教にあるから、その根本が違う人々への不安は多分私たちが思うより強く、それがこういう事件で増幅されていってしまうように思う。
互いが互いを疑心暗鬼の目でみるようになったら、いいことなど一つもない。ますます不幸な出来事を呼ぶだけだ。テロを起こしている人たちは、きっとそれが狙いなのだろう。解決の糸口がつかめないだけに、本当に暗たんたる思いになってしまう。
それと、もう一つ。私が以前から気になっているのは報道によく出てくる「日本人の安否は・・」という言葉。確かに政府は邦人を保護する義務があるから、政府にそれをを確認する必要はあると思う。でも、こうした世の中にあって、「ロンドンに日本人以外の友人が居る人」だって沢山いるだろう。報道を「日本人」に限定してしまうのはおかしいと思う。
人を「日本人か、そうでないか」で分けてしまう感覚。そこにも、問題は隠れているような気がするのは、私だけだろうか。
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私が子供の頃、祖母が言った。「外国人との結婚だけは認めないからね。そんな人を連れてきたって会わないからね」祖母の言う外国人はどこか特定の国を指していたわけではない。だからといって「大和民族が最も優秀だ」と信じていたのでもない。外国の人との結婚を、とんでもなく大変なことだと思っていたからだった。
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ターミナル駅の側を歩いていると、看板を持った人が拡声器で道行く人々に声をかけているのに出くわすことがある。「ただいま*型の血液が不足しております・・」献血を呼びかけているのだ。ほとんどの人が足を停めないが、私もまた、複雑な気持ちを抱えながらそこを通り過ぎる。もともと血圧が低くて、上が100を超えることがないせいもある。でも、私が献血を出来ないのには他にも理由がある。
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娘の名前を決めるとき、一つだけこだわったことがあった。それは「誰かにあやかった名前にするのはよそう」ということ。どんな人気のアイドルもいつまでもそうであるわけがない。ましてや政治家に至っては、死後、あるいは存命中でさえどんな評価になっていくか見当がつかないと思う。実際、戦中に英樹という名が流行り、戦後改名の希望が殺到したのだそうだ。
先日、趙紫陽・元中国共産党総書記が亡くなった。この人は大きな世界の歴史の流れの中でどう評価されることになるのだろう。
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明日、友人が我が家にやって来る。だから成田まで家族で迎えに行くことになっている。友人はブラジル人のMarcoで、日本はもう三回目。ただ、今回は初めて日本の地を踏む奥さんEricaを連れてくる。Marcoからのメールによれば、アジア初体験のEricaはかなりエキサイティングしているらしい。もう一週間も前に荷造りを済ませ、ガイド本を熟読しているのだそうだ。どれだけよい印象を持ってもらうか、コーディネートする私たちも少し緊張している。
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今日が何の日か分からないという人はいないだろう。3年前のこの日、アメリカであのテロは起きたのだった。テレビで映し出された映像を、まるで映画のワンシーンのようだと感じた人は多かったと思う。私もその一人だった。
あの日から、何一つ解決などしていない。今日も、私たちは難しい宿題を前に途方に暮れている。
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