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思春期のはじまり

あんなにつるつるぴかぴかだったの娘の頬や額が、最近真っ赤なぷつぷつで覆われている。本人も多少気にしてせっせと洗顔しているようだが、一向に減る気配がない。背もぐっと高くなり、このところ娘が普段着にしていたショートパンツは私が若かりし頃に着ていたもののお下がりだ。

すっかり記事の更新が遠のいてしまっているが、中でも娘の話を書く機会は減ってきているような気がする。小さな頃なら、「聞いて聞いて! うちの子、かわいーのー」と自慢やら記録やらしておきたくもなったが、ある程度物心に付いてくるとさすがにためらわれる。「子供にもプライバシーってもんがあるわよね」と、気遣う。たまに子供の模試の成績までさらしているブログなんかを見かけるけど、そんなことを本人が知ったらさぞかし嫌がるだろうにと思う。

でも、最近の娘のことを、ほんの少しだけ、書き留めておこう。

大人になるってどういうことだったのか、娘を見ていると分かるような気がしてくるから不思議だ。早く大人になりたいけど、でもそれが少し不安で。背伸びをして「自分でやるの!」と頑張った後、決まってなんだか私にまつわりついて甘えるそぶりをしたりする。自分でもそんな気持ちをもてあますこともあるみたいだ。

そうして、大きいのは、それらを言葉で表現する力がついてきたことだ。私がせっかちで、質問攻めにしたり畳みかけて話を引き出してきたせいなのか、娘の話はついこの間まで要領を得ないことが多かった。「ちょっと、待って。で、誰の話?」とか、「それはいつの話なの?」などと私が話を中断させると、そのたびうまく伝えられないことに苛立って、「じゃ、もういい!」となるだけならまだしも、「・・・何の話だか分らなくなった・・」と尻切れトンボになることさえあった。

でも、最近では、娘は夕食後にしばらく私と会話を楽しむことが多くなった。テレビをつけるでもなく、自分の部屋に閉じこもるでもなく、気のすむまで食卓に座っている。今日学校であった出来事はもちろんのこと、「幼稚園ではねー。**ちゃんと++ちゃんと一緒にこんなことして遊んだりしたんだよ」と昔の話をしてくれる。そういや、あの頃は何を聞いてもろくな返事が返ってこなかったので、さっぱり幼稚園生活が分からなかったものだ。ごっこ遊びをほとんどしない娘を不安に思っていたけれど、なーんだ幼稚園でしていたのかと今頃になって謎が解けたりもする。

娘自身もそうなのだそうだ。過去の出来事のもやが少しずつ晴れてきているのだという。ただ、分かってくることで不安になったりすることもあるらしい。「小学校5年生くらいだったかなあ。他人の気持ちって自分とは全然違うんだってわかった時はショックだった」と言う。同じものを見て、楽しいと思う。でも、それは、人それぞれの「楽しい」であって、決して同じではない。「もう少し前から何となく分かっていたんだけど、そのころ、はっきりと分ったんだよね。分かったときにはとても怖かった」

一つ一つのことに敏感で、人の言葉に心が揺れて。だからこの年頃の子どもたちはいつも不安定なのだ。漠然とした不安感を訴える娘に「今はそういう時期なんだよ」と言うと、「一体いつまで続くの?」とため息をつかれた。大丈夫。お母さんが見守っていてあげるから。

とは思うものの、その不安定な時期は、親への反抗期でもあるのだ。いつまでもこんな風に私に素直に話をしてくれるものでもないだろう。これから、ちょっと難しい時期に入る。ふうと、こちらもため息一つ。近い将来訪れるであろう親子バトルを思い、憂鬱にもなるのだった。

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