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国家と個人

先日、主人の職場に研修に来ている中国人のHさんに招かれ、家族でお宅にお邪魔してきた。もう一年も前に我が家にも奥さんと一緒に来ていただいたのだが、うちの事情でなかなかお伺いできなかったのだ。バス停で待ち合わせたHさんに連れられアパートに向かうと、奥さんの作っている料理の香りが私たちを迎えてくれた。

食べきれないほどの中華料理は本当においしかった。珍しい食材もあり、その日のためにHさんご夫婦が実家からわざわざ送ってもらったものらしかった。奥さんはせっせと料理を作り続け、それでいてちっちゃな食卓に奥さんが座れる椅子はなく、合間合間に立ったまま食べているのだった。恐縮する私たちに「大丈夫だから」と言い続け、一方のHさんは私たちの湯飲みが空にならないか常に気をつけていて、せっせとおいしい中国茶を淹れてくれた。

食事が終わり、皆で座敷へ移ると、私は本棚に日本語学習の教科書を見つけたので見せてもらった。思った通りだった。中はびっしりと驚くほどの書き込み。真面目なHさんらしい。実際、Hさんはこの一年の間にとっても日本語が上手になっていて、もともと日本に留学したこともある奥さんの日本語より上達していた。

私の学生時代、私には複数の中国人の友人たちがいた。彼らは誰も皆、びっくりするぐらい真面目で、必死に勉強していた。国費留学生だったこともあるだろうが、勉強への取り組み方が私たち日本人とは違うのだ。(ちなみに私費留学の東南アジアから来た金持ちのおぼっちゃまは相当いい加減だった(笑))彼らはエリート中のエリートで、将来はあの国を背負って立っていくのかもしれない。それは分かっていても、テレビに映る農村の人々との違いになんだか不思議な気持ちにさせられる。

Hさんとはその後、中国へ残してきたお子さんの話になった。とても教育熱心のようだ。沢山の習い事以外にも、現在育ててくれているご両親は「勉強になるように」と、農村に連れて行って動物に触らせ、集合住宅の隅に畑を作って毎年違う植物の生育していく様を見せているという。毎週ネットを通じて送られてくるそれらの動画・写真を、Hさんはううれしそうに私たちに見せてくれた。

なんとなく、私が学生時代に知り合った友人との違いはそこなのかもしれないと思った。年代の違いかもしれない。彼らはHさんと同じように残してきたお子さんを思いながら、同時に国の将来についても考え悩んでいた。Hさんとはそういう深い話をする間柄でないからかもしれないが、それでもHさんが国家という大きなものよりもむしろ自分の家族の幸せに目を向け、それを守るために頑張っているのは感じる。もちろん、それを悪いことだなんて思わない。でも、もしかしたら、これがあの国の中に今流れている空気というものなかもしれない。

Hさんは長野の聖火リレーに出向いていたらしい。多分、本国からの指示だろうが、淡々と役目をこなしたのだろう。もちろん、それについて夫の職場で言及する人など誰もいないし、ましてや議論を吹っかける人など居ない。Hさん個人にはどうしようもないことなのだから。本当のことを言えば、似たようなことは日本だってやっているのだ。日本の皇族が他国にやってくるとき、在住の日本人は召集され、日章旗を渡される。沿道に並んで現地の暴漢等から守るためでもあるのだ(ただし、政府主導ではない)。

国という大きなものの前には個人のささやかな幸せなどひとたまりもないなと、Hさんを見ながら思う。いや、本当は日本人だってそうなのに、普段気付かないでいるだけなのだけど。

帰り際、Hさんからは沢山のおみやげをもらってしまった。夫には鹿の角の輪切り(お酒に入れるそうだ)。私には蛙の身。お砂糖と棗と一緒に煮て食べるという。コラーゲンでお肌がぴちぴちになるということだったが、「絶対、温カイウチニ食ベテネ」とも言う。何故かと思ったら、「冷メルト生臭クナッテ食ベラレナイカラ」だそうで。冷めて生臭いものは、温かくたってそうだと思うのだけど。

私たちからは手土産のほかに私の携帯番号を書いたメモを渡した。「外国に住んでいたら、言葉、慣習でとても困ることも場面もあると思う。そんな時、ここに電話して。出来るだけのことをするから」奥さんは恐縮していたが、丁寧にお礼を言いながら受け取ってくれた。あれから一ヶ月以上経つ。が、まだ電話は来ない。あのメモが日本滞在中のお守りになってくれればいいなと思っている。

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コメント

僕にも中国人の友人が何人か居ます。
彼らはホント勤勉でその努力にはただただ圧倒されます。
>国という大きなものの前には個人のささやかな幸せなどひとたまりもないな
だからこそ、Hさんもそして友人もいままで国家の荒波に飲まれた経験から必死なんでしょう。

他人事ではなく、自分たちも荒天準備を進めないともう10年もするまえに吹き飛ばされそうです。というかすでに吹き飛ばされつつあります。何とかしがみつく体力が付けたいものですが、しがない平サラリーマンでは難しそうですねえ。。。

投稿: くっきも | 2008/06/01 20:34

くっきもさん、こんばんは。
私の友人のほうは民主化運動にかかわり、その上で祖国に見切りをつけたようです。後のことは分かりません。

本当、他人事ではないんですよねえ。信じてぼうっとしてたらとんでもないことになりそうな。でも、じゃあ、どうすればいいんでしょうか・・・。

投稿: Kako | 2008/06/01 21:13

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