歳月の重み
育児は「育自」とも言われる。子供を育てながら、親もまた育っていく。確かに育児を通して学ぶことは多い。また、私はそれとは別に自分自身の「育ち直し」でもあるんじゃないかと思っている。子供の成長を間近で見ながら、自分の育ってきた道をもう一度辿りなおしているのではないかと。
先日ブログに娘が小学校を卒業したことを書いたが、娘が小学生である間、私は母親であると同時に、小学生の自分に戻ることがあった。夢中で遊んでいて約束の時間を過ぎてしまったときの黄昏。そのときの切ないような、頼りないような気持ち。友達とのいざこざのあれこれと、どうやって謝ろうか考えて眠れなくなった夜のこと。等々。だから、卒業式の前後も、あの頃の自分を思い出して頭の中に「仰げば尊し」だの、「蛍の光」だの、現代ではとんと聞かなくなった歌がぐるぐる回っていた。
まあ、それには、今年の始めに中学の同窓会があったことも関係していると思う。田舎の公立中学だったから、そのメンバーは小学校のときとほとんど変わらないのだ。
今出会ったなら恐らく目を合わさないようにするだろうと思うような格好の男の子にも、宿題の答えを見せてあげたときの面影を見つければお互い懐かしく会話になる。そこに「おめー、赤のシャツに黒のネクタイって、カタギでねーだろ!? 一体なにやってんだ?」と茶々が入る。
そう話に割り込んだ彼は、当時ボンタンをはいてきて先生から大目玉をくらっていた。彼の息子は現在私たちが過ごした中学に通っているそうだ。そして、隣の席には同じクラスだったSちゃんのお嬢さんが座っているらしい。「参観日で会って、びっくりしたよー。最初は分からなくてさー」とSちゃんが笑っていた。
それでも、こうして顔を合わせることの出来た人だけが同級生ではない。そして、来られなかった理由が「予定が合わなかったから」というばかりでないことも、やっぱり分かっていた。
「あいつとは縁を切った。あんたも二度と電話なんてかけてくるな!」同窓会の連絡をしようとして電話口で怒鳴られたこともあったと、幹事の一人だったゆうちゃんに聞いた。そして私とゆうちゃんが仲良かったもう一人、Mちゃんについて悲しそうに話すのを聞かなくてはならなかった。
Mちゃんのことは当時から少し心配していた。とても真面目なのだけど、理想の自分というのが立派すぎて、そのギャップとの間にいつも苦しんでいた。あれから彼女の身にどんなことが起こったというのだろう。ゆうちゃんの話は、多分彼女のつらさのほんの一部分でしかないのだと思う。
出会えた屈託のない笑顔はあの当時のままでも、この歳月の間に得たもの、失ったものは皆本当に沢山あったのだと思う。当時とは様変わりした駅のホームにたたずんで、歳月というものを重さを感じずにはいられなかった。
娘の小学校では早速6月に同窓会があるのだという。新しい生活が始まって、皆少しは成長しているだろうか。「先生がねー、同級生同士で結婚なんていうのもあるかもしれないぞ。そうしたら、結婚式が同窓会だって言ってた」と娘は笑っていた。そんなことがあるかもしれない。ないかもしれない。誰にも分からない。でも、どんな形でもみんなが笑って会えたらいいね。そう心の中で娘に語りかけた私だった。
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コメント
kakoさんこんにちは♪
遅くなってすみません。
お嬢さんの卒業、入学おめでとうございます☆
こちらは、ほとんど公立なので小学校を卒業しても、同じ仲間と中学へ進むのですが
kakoさんのお嬢さんは違った環境の中で中学生活を送られているんですね。
kakoさんも同窓会があったんですね!
私も去年は十数年ぶりに同窓会がありました。
特に女子の場合、「幸せに生活しているから
同窓会にも出席できるんだよね・・」と
友達と話をしました。
今年もまた同窓会があればいいなぁと思ってます!
投稿: ラパコ | 2008/04/18 08:10
す、すみません。ラパコさん。
見落としてました・・。
同じ小学校出身者が一人もいない中学校で、娘はとっても楽しそうにやってます。たまに電車の中や駅で以前同級生だった子たちに会うようですが、その時はその時で盛り上がり、中学校で出来た友達も一緒に楽しくおしゃべりしているようです。
環境が変わっても、ひととき同じ教室で過ごした仲間は特別な関係ですよね。この同窓会のときにもそう感じました。私もまた同窓会があればいいなと思うのですが・・皆忙しそうで、ちょっと難しいのかもしれません。母の話では、「リタイアし始めると、よく会うようになるものよ」とのこと。まだまだ先(?)ですね(笑)
投稿: Kako | 2008/05/11 13:04