イマドキノコドモ
最近の小学校では生きる力をつけるためというので調べ学習や討論する機会が多い(見直しされるらしいが)。その一環なのかどうかよく分からないが、先日、娘のクラスでもディベートをやったそうだ。テーマは「お金と愛どちらが大切か」。さて、これは子供向けにはいいのか、悪いのか。
小学六年生といえば思春期に入りかかってはいるが一応コドモの範疇である。大人の私からしたらコドモには純粋であって欲しい。が、「そんなの、皆が『愛』ってこたえて議論にならなかったんじゃない?」と問うた私に娘が言うのだ。「逆だよ、逆。クラスのほとんどの人が『お金』って答えたの」
娘によれば『愛』と答えた人なんてほんの数人しかいなかったのだという。
「愛だのなんだの言ったって、お金がなくちゃ何も買えないし」
「何も買えなかったり、暮らしが苦しかったら幸せになれないし」
「やっぱりお金がないと」
『お金』が大切だと答える子供たちは、口々に理由を述べていたのだそうだ。もちろん、『愛』が大切だ思う子供たちも頑張っていて、それを聞くうちに宗旨替えをした級友もいたのだが、『お金!』と力説する子供たちの姿を想像したら、ちょっと悲しくなった。
自分が小六の頃、多分既にこまっしゃくれていたのだと思うけれど、とりあえず大人の期待するコドモ像に合わせることは出来ていたような気がする。多分、あの頃のほとんどの子がそうだったんじゃないだろうか。道徳の時間があって、模範解答通りの感想を言うことに慣れていたからかもしれない。でも、本気でそうありたいと思っていたのも確かだと思う。
どんなきれい事もそうではすまないことも、大人になっていくうちに知ってしまう。でも、理想をまっすぐに主張できるのは、子供の特権だろう。イマドキノコドモはそういう点で変に大人だということなのだろうか。いや、「やっぱりお金が大切なのだ」という大人の強烈なメッセージが強く響きすぎているせいなのだろうか。「楽して沢山のお金を手に入れることが偉いのだ」という価値観は、確かに周囲に蔓延している。
ちなみに、娘におそるおそる「で、あなたはどっちにしたの?」と聞いてみた。「私? 私はもちろん『愛』って答えたよ。少数派だったけど」ここでちょっと一安心。さらに理由を尋ねると、娘はこう答えた。「家族とかの愛する人がいると、その人のために一生懸命働くでしょ? そうすると沢山お金が入ってくるようになると思う。愛があるからお金になるんじゃないのかな、って思って」彼女も、彼女なりに色々考えているらしい。
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コメント
お金持ちの男と貧乏の男、結婚するならお金持ちの方が楽だし幸せなのかもしれません。
でも、この人と一緒にいたい。この人となら苦しくても一緒に頑張れると思う、そういう条件を第一条件に結婚して欲しいなぁと二人の娘を持つ親は思ったりします。
問題は、想いはそうでもその相手の男がどんな人間かと言う部分はあるわけで、そこは娘たちの人を見る目を信じるしかありません。ま、所詮男親は蚊帳の外だったりするのですが・・(^。^;)
投稿 惑 | 2007/11/18 01:33
惑さん、こんにちは。
いやあ、男親、全然蚊帳の外などではありませんよ。
元・娘の私から言わせていただければ、娘の男性選びは父親の影響が大です。理想にするにしろ、その逆にしろ。
私が子供の頃、父は「娘というのは父親に似た男を連れてくるもんだ」と楽しみにしていました。が、「それは、絶対違う」と思い続けていた私が選んだ現夫は、父とは180度違ったタイプです(笑)。
投稿 Kako | 2007/11/18 15:00