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理想の親

ドラマや小説は、ハッピーしろ、そうでないにしろ、何らかの結末が用意されている。そうでなければ何かを暗示、あるいは読者に問いかけて終わる。が、現実の世界ではその後も変わらず日常が流れていく。そして、誰にもその行方は分らない。

二晩続けて放送された「積み木崩し 真相」は、かつて驚異的な視聴率をあげたドラマのリメイクではなく、その後この家庭に起こった出来事が中心に描かれていた。私はこの主人公の女性とも、その役をかつて演じた女優(この人にもドラマ以上に色んなことが起こった)とも同年代だったこともあり、過去のドラマ、その後の報道のすべてを思い起こしながら見ることになった。

あのドラマが人気だった頃、確かにああいう不思議な格好をした不良たちが存在したし、同じ学校にもいないわけじゃなかった。彼らはいつも不機嫌そうにするどい目で周りを見ていたが、私は全然彼らに共感を抱いたりしなかった。同じように大人たちに反発し、不満を抱えながら、表現方法があきらかに違っていたから。「人を見かけで判断するんじゃねえよ」と言いながら、もっとも気にしてこだわっているのは彼らだった。

ただ、主人公の少女には同情していた。今でも覚えてるのだけれど、私が買っていたある中学生向け雑誌(硬派と言っていい)に彼女へのインタービューが載っていたことがある。ショートカットの似顔絵が添えられた記事で彼女は「今もタバコは吸うけどシンナーはやめた。自分ではもうぐれていないと思っている」と語っていた。

痛々しかった。こうやってマスコミに出ている時点で、周囲がいかに騒がしいかが分る。その結果が、報道の通りだ。

私はこのドラマを思い出すとき、決まってある小説を思い浮かべる。直木賞を受賞した三好京三氏の「子育てごっこ」だ。これは山村の分校で教鞭をとっていた氏の私小説で、画家が連れて現れた奔放な女の子を夫婦で育てていく話である。これも映画化、ドラマ化された。が、数年後、その女の子が告発する。「私は金儲けの道具にされた被害者だ」と。後に和解したらしいが、自分のプライベートな部分を公表され、虚像が一人歩きしていくことがどれだけ子供を傷つけるか、よく分かる。

それでも、その親は理想的だと持ち上げられ、褒め称えられたりする。子供の気持ちを置いたまま。子育ての仕方に正解はないのに。何を成功と呼ぶのかも本当には誰もわからないのに。私たちは一体、彼らに何を語らせたかったのだろう。感動という自己満足を得たかっただけじゃなかったのか。

この家庭が崩壊した理由が、自身の問題だけでなかったかもしれないと思うのは、私だけだろうか。

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