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いつも読ませていただいているporonさんのブログで夢の出来事が書かれていた。Poronさんの夢はいつもリアルで、そのせいで心臓に悪いようなこともあるらしい。書かれたお話は「ゆ、夢でよかったですね」というものだが(いや、あり得ないと思うけれど)、それを読ませていただきながら、ほんの数年前に自分がみた夢を思い出した。

私は自分でもしつこい方なんだと思う。一度人を好きになると、ずいぶん長い間その気持ちが変わらないところがある。中学のとき片思いだった男の子のことは、特にそうだった。

冷静に考えれば変なのだ。楽しくおしゃべりしたのは席が隣になった数ヶ月だけで、彼のことなんて本当は何にも分っていないはず。それなのに、そのほんの一瞬一瞬を寄せ集めて、いつまでも反芻しているのだ。多分、それはかなり美化されていて、彼のことを理想像にまつりあげているのだと思う。それでも、それこそがいわゆる「恋」ってやつなのかもしれない。

わずかに心に残っている思い出たちはいつまでも私の夢に出てきて、その度私は「ええっ? 私って彼のこと、まだ好きなの?」と驚いてしまう。それが結婚して、子供が生まれてからさえ一月に一度は続いていたのだから、驚きを通り越し、自分でもあきれる。

その夜の夢もそうだった。私は夢の中でセーラー服を着た中学生で、彼もまた学ラン姿だった。いつものように霞がかった思い出がレコードのように再生される。

ただ、展開がいつもと違った。いつもならただ見つめるだけでどきどきしていたのに、その日は何故か彼が私に優しく語りかけてきて私の肩を抱いたのだった。そして、いつのまにか私も彼も実年齢の姿になっている。その姿だからか、私は即座に夫と娘の存在を思い出した。でも、私は動かない。じっと彼の鼓動を聞いている。

私は分っていたのだ。「こんなこと、ありえない」と。「どうせ夢なんだから、今は思いっきりこのままでいよう。どうせ、どうせ、夢だから」そう言い聞かせている自分がとってもいじらしくて、涙が出てきた。後から後から、とめどなく。

気づけば私はベッドの上で号泣していた。横で寝ていたはずの夫が驚いて目を覚ます。「どうしたの?」と尋ねられ、いつもはなんでも夫に話す私が、「怖い夢をみたから」としか答えられなかった。

その日を境に、彼の夢をみることはほとんど無くなった。そして、夢の中で泣いたのも、その一度きりである。

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コメント

歌謡曲のタイトルではありませんが正に
#思い出は美し過ぎて
ですね。。。
夢で会えるカレに恋焦がれるのも良いではないですか。私も実際そうだし。:-)

投稿: fumi_o | 2005/08/31 12:18

その夢を見たとき、みずいろの雨が降っていませんでしたか?(笑)
と、合わせ技はともかく…
古文の世界では、夢に「出た人」が「見た人」を想っているのだとか。そう考えるとさらにロマンティックな物語ですね。Kakoさんがうらやましいですが、思い出との付き合い方の上手下手にもよるのでしょう。
ところで、実年齢の彼の姿は想像でしょうか、それとも…?

投稿: ひざがわり | 2005/08/31 21:37

fumi_oさん、こんばんは。
そう。
思い出だから美しいのですよね。
おそらくは彼に恋焦がれながら、恋していた自分をも愛おしいのではないかと。

投稿: Kako | 2005/08/31 22:37

ひざがわりさん、こんばんは。
みずいろの雨・・懐かしいですねえ。大好きでよく歌ってました。

古文のお話、そういえばそういうの、ありましたね。そうなら、とってもロマンティックですけど・・。でも、誰でも思いますよね? 「あの人が自分を少しでも思い出してくれたりしたらうれしいなあ」って・・。

その後、その男の子とは20代の時に会ったきりで、夢の中では想像の姿というか、もやがかかってはっきりしてませんでした。そうだからこそ、美しいままで思い出が残っているのでしょうね。

投稿: Kako | 2005/08/31 22:52

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