試行錯誤
娘も小学生になると、「育児」という感じではなくなる。目の前でぱくぱくと食べている姿を見て、「そういえば自分で食べることが出来ない時代もあったのよねえ」と感慨深く思ったりもする。口に入る以上にテーブルや床の上に落としたりしていたのに、今じゃ一緒にカレー作りをするのだから、冷静になって考えるとすごい進歩だ。そういう意味ではかなり手が離れたと言っていい。でも、じゃあ、もう何も心配などいらないのかというと全くそんなことはなくて、小学生には小学生なりの親の悩みというのがあるのだった。
我が家の娘は小学三年生のわりには幼い方だ。だからこそ今でも無邪気で可愛らしいのだが、それは逆に他のお子さんに比べると頼りなくて、ぽぉっとしていることになる。特に娘は筋金入りのマイペース人間で、幼稚園に通っていた頃には、かけっこしているときに「ねえ、待ってよぉ」と前を走る子に言いながら走っていたぐらいなので、てきぱきと行動させたい先生との相性はいいはずがない。通知票にはちょっと厳しい言葉が書かれてしまうのだ。
もともと「人は人、自分は自分」と言いながら育てたし、私自身もどちらかと言うと人と違うことにどきどきしてしまうような子供ではなかったので、仕方がないのは分かっている。それでも、こと自分の娘に関しては他人からの評価はやっぱり気になって、少しは他人のテンポに合わせて欲しいと思い、ついつい、必要以上に追い立ててしまう。
「早く、食べなさい」「早く、着替えなさい」「次、何やるべきなのか、考えながら行動しなさい」子育て中に口にしてはいけないと言われる「早く」という言葉を繰り返し、それでもぼぉっとしている娘にいらいらし、叱り、そして、そんな自分に落ち込むこともある。「私の子育てはホントにこれでいいのかなあ」と思ってしまうのだ。
もっとも、今日、ずっと憂鬱な気分だったのはそれが原因ではなく、とことんツイてなかったせいだ。明け方にみた夢はハンドバックを置き引きされるという最悪のものだったし、さあ出かけようという時に新聞の勧誘につかまってしまったり、近道しようとしたら工事中で通行止めになっていたり。その上、怪我が絶えない。それは紙だったり、キーホルダーの金具の先だったりしたけれど、引っかけては擦り傷をこしらえ、気付けば手のあちらこちらが絆創膏だらけなのだった。
そんな手のひらを眺めがらため息をつき、「あーあ、今日は、とにかく、最悪」とつぶやいたら、娘がその一言を聞いていた。「お母さん、悪い日ってないんだよ」娘はにこにこしながら私に言った。「だってね、一度も笑顔にならない日は、ないでしょ?」そうして言うのだ。「ね? どう? いい気分になった?」娘が私に気遣ってくれる笑顔を見ながら、親馬鹿かもしれないけれど、「私の子育ても間違ってないのかもしれないな」と思った。
そんな風に、親としての自信をなくしたり、取り戻したりを繰り返しながら、やっぱり子育ては試行錯誤の繰り返しだと思う。子供に一生懸命食べさせていた頃を今懐かしく思い出すのと同じように、数年後にこの試行錯誤をやさしい気持ちで思い返すときが来るのかもしれない。
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コメント
おはようございます。
私たちは、正解はないってことをいつ覚えるんでしょうね。
子供に関しては、自分の信じていることがあっても、
それを子供に伝えていいのか迷うことばかりですね。(苦笑
投稿: tsuyorin | 2005/03/02 08:23
tsuyorinさん、こんばんは。
子育てに正解はありませんからね。
それでも自信たっぷりに論評されると
うーむと迷ったりしてしまうわけです。
子育てをしている間中、「自分の生き方」そのものを問われている気がして冷や汗ばかりです。
何しろその場しのぎで生きてきましたから・・(笑)。
投稿: Kako | 2005/03/02 22:10