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私がここに居ること

私がこのブログを始めてから5ヶ月ほどが経った。もう一つのブログも含めるともう半年以上になる。いくつもの記事を書いたからといって他の人にお話ししたいことがもう無くなってしまうということはなくて、今のところ、あれも書こう、これも書こうで日々が過ぎていく。
この間に沢山のひとが見に寄って下さった。コメントやリンクを通じてお知り合いになれたかたもいらっしゃるし、パソ通の頃のお仲間に再会出来たりもした。直接にはやりとりがないものの、いつも見に来て下さっている方々の気配を感じもする。ブログというのはすごいなあと思わずにはいられない。
が、逆に、ちょっと寂しいこともあった。

ある日、いつも巡回しているブログで「しばらくお休みします」という記事に出くわした。理由は詳しく分からない。ブログ上で嫌なことがあったからというわけではなく、身の回りの出来事にちょっとお疲れになってしまっていたようだった。私はすぐにコメントを書いたのだが、あえて「待っていますね」とは書かなかった。その方の負担になってしまうのは嫌だなと思ったから。

その後、私はなんだか未練がましく、お休みと分かっているのにそこを覗きに行ったりしていた。が、数日経った頃だろうか。新しいコメントがついていた。それは管理人さんのお返事ではなく、常連さんのものでもなかった。一見してアダルト系のHPへの誘導と分かる、リンクだったのだ。

管理されていないと見るや、すぐさま隙をねらってこういうことをしてくるのが腹立たしい。せっかく休まれているのにこんなコメントを目にして欲しくないと思ったり、いや、これ以上荒れた感じにならないように、すぐに気付いて消去して欲しいと思ったり。ただの読者である私ははらはら見守る他ない。そうこうするうちに、それはあっけないほど突然だった。そのブログにアクセス出来なくなってしまったのだ。

そうか、ネット上の文字や画像は、たとえ想いを込めて書いたり、あるいは読んだひとが感想を書きながら育て上げたものでも、「削除」というボタン一つで、一瞬のうちに消えて無くなってしまうのか。「Forbidden」の文字を見ながら私はちょっとの間呆然としてしまった。

ネット上に「居る」というのはどういうことなのだろう。毎日ここに書き込みをしながら、私という実態はどこにあるのだろうか。なんだかとっても頼りない気になる。

結局のところ、ネット上の言葉達はそこにあるように見えて、その実は記憶の中にこそ残っていくものなのかもしれない。私がそのブログを覚えているように。

私の居るここは、誰の中に存在するのだろう。そしてどんな形なんだろう。

そんなことを考えた出来事だったのだった。

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コメント

「Forbidden」の文字を見たときの心境わかります。
実態ある存在とネット上に情報のみが漂うだけのブログ。
通常の顔を見合わせたコミュニケーションとは異なったものですよね。
時や空間を越えた可能性がある反面、まだ違和感をおぼえことがあるのも事実でしょうか。

ソーシャルネットワーキングなどは、逆に、
実際の人間関係をネット上で再現する点で反対なものとして注目されてましたよね。
現在の展開の状況は詳しくないのですが。

すべてが残され参照できるわけではありませんが
Internet Archive (http://www.archive.org/) 
は過去のサイトを保存するということをしてますので
googleのキャッシュで残ってないものまで見れるときがあります。
本人が消し去っても一度公開してしまうと残ってしまうのもネットの特徴。
今までのように見て自分のパソコンに保存しているとき消し去られても見れたのではなく、
初めての人が既にないサイトを見れるわけですから、これもドキっとします。


※ このコメント、まずい内容ありましたら、削除していただいて結構です。

投稿: しおん | 2004/11/12 07:20

おはようございます。
私も最近、似たようなことを思いました。
たぶん、kakoさんと同じサイトへ行ったのだと思います。
「Forbidden」を見た瞬間、淋しい気持ちになりました。
削除ボタンひとつで、すべてが消えてしまう。
ほんと、そうなんですよね。
削除ボタンひとつで、あの方も一緒に消えてしまった気分で、
とっても淋しいです。
でも、きっとまた戻ってきてくれると思うけど、ネットってそういうところなんだなぁって思ったのでした。

投稿: こむぎ | 2004/11/12 08:10

しおんさん、こんにちは。

Internet Archiveの存在は私も知っていました。自分で確認してみたこともあります。一度アップしたものは自分の手を離れる部分もあるのは仕方がないのかもしれません。

ですが、しおんさんのおっしゃる通り、コメントの一部をちょこっといじらせて頂きました。別に困るということではなく、単に気恥ずかしいので(他の方、意味がわからなくてすみません)。
削除した方がよいとしおんさんが思われた理由ってなんでしょう?(苦笑)

投稿: Kako | 2004/11/12 08:58

こむぎさん、おはようございます。

ブログの場合、HPよりもずっと気持ちに寄り添って書くことが多いので、その人そのもののような気がしてしまうんですよね。不思議な存在だと思います。

投稿: Kako | 2004/11/12 09:04

こんにちは。昨夜、kakoさんのこの記事を読んで、
うーむと思っていたところ、今日になって、
とある愛読blogの休止を知り、さみしい気持ちになりました。
雑誌が休刊になるときは「売り上げ減」「広告減」が
理由ですが、もともと無料で読めるblogは
「辞めどき」は本人次第なんですよね。

足しげく通った行き着けの店が、ある日突然
閉店していた、というような気持ち。さみしいですね。

投稿: poron | 2004/11/12 14:50

poronさん、こんにちは。

「辞めどき」うーむ、難しいですね。
淋しいけれど、淋しいと思ってもらえるうちが花なのかもしれませんし。

「無料」って、そういう意味も含めて無料なのかなあと思います。面白いものが読める代わりに、いつまでもそこにあるとは限らないのかもしれません。

投稿: Kako | 2004/11/12 17:26

こんばんは。
トラックバックさせていただきました。
私は、まだブログ歴が浅いのですが、
まだ、希望を持っています。
寂しさも、嬉しさも混沌とした感じ…
それは味わったことがありますけれど。
ネット上でも、リアルでもありますよ…そりは。(苦笑

投稿: tsuyorin | 2004/11/12 22:15

tsuyorinさん、こんばんは。

まだまだブログって誕生したばかりで、これからどんなものにでもなれるはずなんですよね。
自分なりのやり方で関わっていけたらなあと思っています。

それにしても・・・
確かに、ネットであることは、リアルでもあること多いですよねえ。

投稿: Kako | 2004/11/12 23:54

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