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選択する自由

朝のテレビ画面の端に地方の天気予報が表示されるようになったのはいつの頃からだっただろう。朝の忙しい時、知りたいのは今の時間と天気だ。天気予報のコーナーまで待つのがまどろっこしいと思っていたのは私だけではなかったらしい。
世の中がどんどん便利になるなあと感心していた。なのに、最近、私はそのテレビの端っこの天気を確かめなくなった。ネットで天気予報のサイトを見てしまうことが増えているのだった。

こんなことに気付いたは「週刊!木村剛」の中に「ネット有名人vsリアル有名人:テレビは見ないがネットは使う」という記事を見つけたからだ。最近の若い人の中には「テレビは見ないがネットは使う」という人が増えているという指摘である。確かに、私もそうなりつつある。もともとあまり見なかった我が家のテレビは、今や娘のためのアニメやDVDのためのモニターになってきているのだ。

天気予報に限らず、ニュースだって、交通情報だって、それにショッピングだって、テレビを見なくてもネットで事は足りる。放映時間を待たずにすみ、必要な情報を選ぶことが出来る。知る必要のない隣の県の天気予報は表示させなければいいのだし、興味ある分野のニュースだけを拾えばいい。知りたいことだけを即座に知ることの出来るネットは、とても便利である。多分、今の若い人はちょっとせっかちで、興味の幅が狭いのだ。その狭いところを深くしたくて、ネットを利用するのだと思う。

そんな考え方から言えば、CSなどで「一日中ニュース」のチャンネルとか、「一日中アニメ」のチャンネルなど専門のチャンネルが沢山並ぶのはかなりネットに近い感覚だ。そして、先日の「これからのテレビ」の中でも書いたように、これからテレビはそうやってどんどん多チャンネル化が進むと思う。木村剛さんが仰るところの「テレビ」というのは、つまり、地上波のキー局がスポーツからバラエティ、ドラマに報道と全てを一局でやり、高い視聴率を目指す形態のことではないかと思うのだ。人はもう、同じ番組を家族みんなで楽しむことが出来なくなってきているということだろう。

ただし、好きなことを選べるということは、好きではないことを切り捨てることにもつながりやすい。でも、必要だとは思わなかったものの中に、実は大切にしたいものがまぎれているのはよくあることだと思う。効率だけを優先していると何かを失ってしまうかもしれない。

私たちは選択する自由を得たけれど、その自由を使いこなすのはなかなか骨の折れることかもしれないぞ、などと思ったりするのだった。

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» 素晴らしいエントリー [nni's blog]
とてもいいエントリーが2つありました。 1. Kakoの手文庫さんより、選択... [続きを読む]

受信: 2004/10/06 03:19

コメント

Kakoさま こんにちは。
今回の内容、すごく自分に当てはまっていて何度も頷きました。
じーっとテレビを見るのが苦手なのですが
ネット閲覧は別。

天気予報もスポーツの結果も時刻表も
ショッピングも地図も辞書も
ドラマの内容や予告まで
…ネットのお世話になっています。

うーん、確かに大切な事を切り捨ててるかもしれません。
ちょっと考え直してみたいと思います。
でもこの効率の良さは、本当に魅力的なんですよね…

あの。私事ですが、先日開設したblogに
リンクを貼らせてもらえませんか??

投稿 みつまめ | 2004/10/06 15:55

みつまめさん、こんんちは。

共感して頂けてうれしいです。
大切なことを失って・・というのはちょっと仰々しかったかなと思いますが、無駄に見えることをなんとなくしてみるというのも、悪くないんじゃないかな、と。
もっとも、私なんて日々無駄なことだらけのような気もしますが(笑)。

リンクの方は、もちろん、大歓迎です!! うれしいです!
基本的にここはリンクフリーですが、みつまめさんのようにお知らせ頂けると私の方からもリンクできるので、よりうれしいです。ありがとうございました。

投稿 Kako | 2004/10/06 20:00

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