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幸福の魔法 その3

先にボックスの部屋に着いたのは佐智子の方だった。待ち合わせの人を待つ間は、歌を歌うでもなく頼んだウーロン茶ばかり飲んでいた。喉が渇いて仕方がないのだった。

だから、扉を開けてその女性が入ってきたときは、飛び上がるようにソファから立ち上がった。その姿にその女が驚いたくらいだった。
「待った?」
「い、いえ」
佐智子は首を振り、初めて会う頼子をじっと見つめた。意外だった。思っていたよりもずっと若い感じだ。口紅など、佐智子よりも派手なくらい。スーツ姿がよく似合って、ありきたりだがキャリアウーマンという言葉がしっくりくる。
「ごめんなさいね。部下がトラブっちゃったのよ」
そう言うと頼子はどっかとソファに腰を下ろした。

遠くからは他人の歌うカラオケの声が聞こえてきている。
佐智子がそっと座るのを見届けて頼子は言った。
「こういうところ、いいわよね。ややこしい話をするときに」
「はい・・・」
「さっさと済ませちゃいましょ」
「あ、はい」
佐智子は慌ててカバンを引き寄せ、中から封筒を取りだした。
「確認させてもらえる?」
「はい」
机の上に置かれた封筒を頼子はつかみ、手早く中に入っていた離婚届を取り出した。その手先の爪がよく手入れされていて、マニキュアが綺麗に塗られている。思わず佐智子は見とれてしまった。
「これで、よし、ね」
頼子に微笑みかけられて、佐智子は我に返った。
「あ、あの」
「えっ? 何?」
佐智子は居住まいを正して頭を下げた。
「すみませんでした」
ずっとずっと心の中に貯めていた言葉をはき出す。
「奥様とお子さんには本当に申し訳ないことをしたと思っています。謝っても許して頂けないかもしれません。でも・・私、心から渡辺課長を愛しているんです」
佐智子はうなだれたまま頼子の言葉を待った。どんな言葉で罵倒されるのだろう。でも、そのどれも甘んじて受けよう。全ては私の責任なのだから。
が、聞こえてきたのは佐智子が予想したどんな言葉とも違った。頼子はいきなり笑い出したのである。

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